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to my...
私は昨年の夏、母方の祖父を亡くしました。
そのとき、私はイギリスに留学していました。
祖父が亡くなったその日、Birminghamの水族館に行っていました。
母から訃報を聞いたのはその一週間後でした。

祖父は、孫である兄、従兄妹、そして私を溺愛していたように思います。
人生で一番嬉しかったのは、孫が生まれたときだと言っていました。
しかし、私がイギリスに留学する1年位前から、認知症の症状が出始め、私が日本を経つ頃には私はおろか、母のこともわからなくなっていました。
それでも、人と触れ合うことが大好きだった祖父です。
私が母と遊びに行くと、嬉しそうににこにこしていました。

その祖父が亡くなったとき。
私は自分の夢を叶えるため、両親に我儘を言って留学をしていました。
初めて、留学したことを後悔しました。
祖父の死に目にも会えず、お通夜、お葬式にも出席せず、息を引き取ったその日は遊んでいました。
留学前に祖父は入院し、体調が良くないことも知っていました。
なぜ、私は家族の傍にいることより、留学を選んでしまったんだろう。
留学なら、いつでもできたじゃないか。
そう思いました。

祖父に会えなかったことももちろん悲しかったのですが、家族を亡くすという経験を初めてした母を支えられなかったことも悔しくてなりませんでした。
私は父、母、兄、私の4人家族です。
入院している祖父を見舞っているとき、介護しているとき、娘の手が必要だったでしょう。
料理、洗濯、掃除、ひとりでこなして大変だったと思います。
祖父を亡くしたとき、母はたくさん泣いたんだろうと思います。
家事も何も手に付かなかった日も少なくはないでしょう。
そのとき、私がいれば。
少しは気が紛れたかも知れません。

祖父に会えなかったこと。
母を支えられなかったこと。
そのことを、今さら悔やんでも遅いのですが、後悔しています。


そして、今。
今度は祖母の具合が良くないのです。
余命を宣告されています。
祖母は、本当にしっかりしていて、今年米寿を迎えたのですが、88歳にはとても見えません。
嫁いですぐに姑が亡くなり、終戦を跨ぎ4人の子供を育て上げました。
田舎なので、近所付き合いも大変だったそうです。
知らない土地に嫁ぎ、姑の分も働いていた祖母。
戦時中、どちらが先に死んでもだめだと、子供を負ぶいながら畑仕事をし、家事をし、家畜の世話をしていた祖母。
苦労をしてきたせいか、見た目も性格も、そして肉体も若かったのです。
病気をするまでは。

痩せて、声に張りがなくなり、それでも、家族を気遣う祖母。
私が病院から帰るときに、バイバイと手を振る祖母が、いなくなってしまうなんて信じられません。
今、こうして温かい体で、柔らかい手で、確かにここにいるのに、いつかはいなくなってしまう。
人は必ず死んでしまう。
どう抗っても、その運命に勝つことはできません。
祖母は88歳。
もし病気にかからなくても、そんなに遠くない未来、お別れは来たのでしょう。
人は、生きている限り、全員がやがて来る死というゴールに向かって歩いているのです。
私は21歳。
私は、人間は、生きている限り、近しい人の死を見なければならないし、死に別れなくてはなりません。
若い私は、しばらくは送る立場なのでしょう。
でも、私にも死は必ず訪れます。
順番。
そう、順番なのだと思います。

今の私に、何ができるのでしょうか。
祖母を支え、母を支えること。
私は祖母が亡くなるとき、平静でいられるのでしょうか。
母が泣き崩れるのを見て、肩を抱く冷静さを保っていられるのでしょうか。
正直、自信がありません。
でも、もしそのときがきたら、祖母が安心して旅立てるように、母が安心して泣けるように、私は精一杯をしたいと思っています。


mutsuki. k
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お知らせ。
私のページを訪れてくださってありがとうございます。
しばらく更新が滞ってしまい申し訳ありません。
プレゼン、卒論の中間提出、アルバイトでなかなか時間を見つけられませんでした。

ごあいさつ・お知らせ CM(4) TB(0) top▲
Fourteen Tour 3
渡英して1ヶ月も経たない頃に参加した、キャンパス内の全てのbarを回るFourteen Tour。

2つ目のbar、Arkに入り、すぐにカウンターへ行き飲み物を注文することになりました。
私はこのとき、りんごのお酒、サイダーを注文しました。

このTourに参加していたのは、私を含め日本人4人とJamesと彼の友達のイギリス人2人組。
Jamesの友人の次に私たちが飲むお酒を決め、会計を済ませると、お酒を手にした写真を撮りました。
そして、再び早く飲んで、早く出ようと言われました。

何かがおかしい、そう思いながら、お酒を飲み終えようとしました。
でも、私はお酒に限らず、あまり水分を摂らないので、先程1杯飲んだばかり、あまり飲めません。
しかも、サイダーは私の好きな味じゃありませんでした。
友達が飲み終わっても、なかなか飲めずにいると、

とりあえず、もう出よう!

そう言われました。

私は半分お酒が入ったプラスチックのコップを手に、Jamesたちに続いてArkを出ました。
どうしても飲みきれなかったサイダーは、Jamesたちにばれないようにこっそり、芝生に流してしまいました。

Arkを出ると、また彼らは早足で来た道を戻っていきます。
背の低い私は、小走りしないと追いつけません。
なぜそんなに急ぐのか、私はまだわかりませんでした。

必死に彼らを追いかけ、次はWilloughbyという寮に着きました。
Willoughbyに入るとき、白衣のグループとすれ違い、Jamesたちが彼らと何か話していました。
ここでもJamesにお酒を注文するように言われました。
でも、もう本気で飲めません。
少し飲んでは走って、を繰り返していると、酔いも早く回ります。

それに、14もの寮で毎回お酒を注文していたら、冗談じゃなく、破産します。
ビールの飲めない私は、少し高いお酒を注文しなければなりません。
そうすると、2~3ポンドします。
もし14全部回ったら、7000円くらいかかってしまいます。

そこで、私たち日本人は、Jamesたちにばれないように、交替で注文することにしました。
このとき、私ははじめに飲んだ、オレンジのお酒を注文しました。

ここでも証拠写真を撮り、Jamesの友人がお酒を一気飲みすると、すぐにWilloughbyを出ました。
彼らは、私たちにお酒を飲め、と急かすのをもう諦めたようでした。

また、彼らは急ぎます。
お酒を飲み、走り、飲み、走り、いよいよ体調が悪くなってきました。
でも、参加したい、と言ってしまったのは私。
帰りたい、とは言えませんでした。
友達にも申し訳なくて、ずっと謝っていました。

次の寮、Cavendishに着く前、私はJamesと同じ寮に住む友達に何気なく聞きました。

どうしてJamesたちはあんなに急ぐの?

彼女は少し驚き、私を見つめ、言いました。

だって、これは競争だよ。
いかに早く、14つの寮を回るかグループごとに競うんだよ!
さっきの白衣の人たち、あの人たちと競争してるんだよ。


私は絶句し、まだ始まったばかりのFourteen Tourをいかに切り抜けようか考え始めました。
thema:イギリス留学 - genre:海外情報

留学のこと CM(2) TB(0) top▲
Fourteen Tour 2
渡英して1ヶ月も経たない頃。
英語がわかりもしないのに、Jamesに聞かれるままyesと答え、キャンパス内にある寮のBarを全て回る、fourteen tourに参加しました。

待ち合わせ場所は、キャンパスでも一番東にある、元女子寮のFlorence Bootという寮でした。
そこに集まったのはJamesと彼の友達。そして私を含めた日本人3人の計5人でした。
Jamesはその寮のPresident(寮長みたいなものです)をしていて、スタートはそこからでした。

まず、その寮で、オレンジのお酒を飲みました。
もともと日本でも大してお酒の種類を知らない私。
イギリスに来て初めて飲んだお酒を頼みました。
スクリュードライバーと似た味のものです。

私、勘違いをしていたんです。
ずっと、Jamesは、数日かけて私たちにキャンパスの寮のBarを見せてくれるものだと思っていました。
しかし、実際は競争だったんですよね。。しかも一晩で全てを回る。
私はこのとき、まだそのことをわかっていませんでした。

私がお酒を買い、Jamesが私たちの集合写真を撮り、私がいつものようにゆっくり飲んでいると、

早く! 早く!
もういいや!
もう出よう!!


みたいなことを言われました。
私は不信に思いながら、Frolence Bootを出ました。

そして、私たち日本人がお酒を飲みながらゆっくり歩いていると、先を行くJamesたちとの距離がどんどん開いていきます。
なぜそんなに急いでいるのか、私はわかりませんでした。

小走りでJamesを追いかけながら、確か次はArkというBarに着いたと思います。
Arkは寮ではなく、Student Union(生協みたいなものです)やBlackwellという書店、Financial OfficeやTravel Centre、CafeやMosqueが入っているビルにあるBarです。
そこには、いつもスーツを着たSPがいて、学生以外の人間は入れません。
私も学生証の提示を求められました。
学生証を見せると、今度は私が持っていたお酒を見て、その酒を飲んでから入るように、と言われました。

一気とか冗談じゃありません。
けれど、これを飲まないとArkには入れないし、Jamesも彼の友達もしきりに私たちを急かします。
仕方なく、私は初めてお酒を一気飲みしました。
そして、Arkに入っていきました。
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留学のこと CM(6) TB(0) top▲
Fourteen Tour 1
ごめんなさい、正式名称は忘れてしまいました。

私が留学していた大学には、食事つきの寮が14あります。
その全てに、Barがあります。
このtourは、その全てをBarをグループで競い、できるだけ早く回る、というものです。
もちろん、ひとつひとつのBarでお酒を頼み、飲まなくてはなりません。
証拠に写真も撮ります。
本気で飲んだくれツアーです。


私がこのツアーに行くことになったのは、4月の末、歯医者に行ったときにJamesに話しかけられたのがきっかけでした。
私が渡英したのは4月9日。まだ1ヶ月も経っていないときです。

そのとき初めて会ったJamesは中国系イギリス人で、イギリスで生まれ育っています。
だから彼の英語はもちろんネイティブのそれです。
しかも、彼は話すのがかなり早い。
渡英して1ヶ月に満たないの私が、彼の英語で聞き取れたことと言えば、

はじめまして。
君は日本人?
僕は日本人の友達がいて、Mihoko(仮名)って言うんだけど知ってる?


偶然にも、彼女は私の大学の先輩でした。
知ってるよ、彼女、私の先輩なの、そう答えると、

そうなんだ!!
<略・というか聞き取れません>
ところで、今度Barに行かない?
このキャンパス内に、14個Barがあるから、みんなで周ろうよ!!
<略・同じく聞き取れません>


これだけでした。

明らかにもっとたくさんのことを彼は話していましたが、私が聞き取れたのはこれだけ。
イギリス人の友達がほしかった私は、すぐにYesと答えました。

その後すぐに彼は歯医者さんに呼ばれて診察室へ行ってしまったので、彼の名前はJames、ということしかわかりませんでした。

そのとき、私は携帯を持っておらず、これで完璧に連絡手段は途絶えたと思っていました。

しかし、翌日。
彼は、日本人に私の名前を言って、手当たり次第に探していたらしく、偶然彼と同じ寮に住んでいた友達から、すぐに連絡が来ました。

あのtourに行きたいって言ったの?
Jamesが探してるよ。
今日行こうって。


なんて、有言実行な国、イギリス! と思いました。
私はあの誘いは半分社交辞令だと思っていたので、それもあってyesと答えたのですが、もうこうなったら断れません。

友達を誘ってね、と言われていたので、少し怖くなった私は連絡をくれた友達を含め、3人誘いました。

私、この頃も今もですが、あまりお酒を飲みません。
月に1,2度の飲み会で、カクテルを3,4杯くらい。
そして、私の家族は一切飲みません。
だから、お酒が絡むことに少し苦手意識がありました。
しかも、相手は初対面のイギリス人。
旅行するたびに色んな人についていっている私ですが(イタリアでのピエロアンドレアなど)、まだ渡英したばかりの頃、ひとりでそのtourに参加する勇気はありませんでした。
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